
なぜ人は殺すまで追い込まれるのか
— 大禹と劉邦に学ぶ、現代社会が見失った真の犯罪予防とは
現代社会では、殺人事件が発生すると、すぐに「加害者=悪」「被害者=善」という単純な構図がメディアや世論によって作られる。だが、事件は後を絶たない。なぜか?
それは、“洪水の水位”ばかりを測り続けて、“堤防の構造”や“水の流れ”を無視しているからだ。怒りや不満という人間の感情がどこから生まれ、なぜ噴き出すのか──その「流れ」を見ようとしない。
このような状況に対し、私たちは古代中国の智者、大禹(だいう)の治水思想から学ぶべきことがある。
「塞き止める」ことで洪水は悪化する──大禹の知恵
大禹の前任・鯀(こん)は、洪水を堤防で塞き止める方法をとった。一時的には効果があったように見えたが、水の行き場を失わせた結果、堤防が決壊し、かえって大災害を引き起こした。
それに対し大禹は、「水を止めるのではなく、流すものだ」として、川を整備し、水が自然に流れる道を作った。これにより洪水は収まり、長期的な安定が得られた。
現代社会でも同じことが言える。人間の怒り・絶望・ストレスをただ封じ込めるだけでは、やがて破裂し、取り返しのつかない事件につながる。
「加害者だけを責める」構図では、再発防止にならない
確かに、一部には突発的で理解し難い殺人事件もある。しかし、多くの場合、加害者は長期間にわたり心理的圧迫や社会的孤立にさらされ、何度も助けを求めながらも放置された末、「もう殺すしかない」という絶望的な選択に至っている。
この背景を無視し、「殺したから悪」「死んだ人は絶対的に善」と決めつけるだけでは、根本的な解決にはならない。
「被害者=無垢」という幻想が、社会の目を曇らせる
事件報道では、「被害者は明るく優しい人」「誰からも好かれていた」と語られるのが常だ。だが、人間関係はそんなに単純ではない。
中には、被害者が日常的に加害者を侮辱・支配・威圧していたケースもある。それでも殺人が正当化されることはないが、加害者がなぜそこまで追い詰められたのかを冷静に分析する必要がある。
ストーカー規制法の落とし穴──警察の介入が引き金に
日本では「ストーカー規制法」や「DV支援制度」が被害者を守る名目で作られている。だが、実際には女性の「怖い」という一言で、男性が一方的に“加害者扱い”されるケースが少なくない。
私のもとに相談に来たある女性は、元恋人が彼女のプライベート写真をSNSに流したという。周囲は「警察に行け」と勧めたが、私はこう助言した:
「警察に通報すれば、彼は社会的に追い詰められ、自暴自棄になってあなたに報復する可能性がある。
だから、まずは冷静に話し合って、穏便に解決した方がいい。」
彼女はその助言に従い、最終的に問題は平和的に解決された。私は、本当に殺人事件を未然に防げたのではないかと感じている。
法律の乱用は、新たな加害者を生む
日本の現行制度は、DVやストーカー問題に対して「即通報」「即制裁」という形が強調されている。だが、
• 加害者の立場になった人の声はほとんど聞かれない
• 虚偽通報でも女性側が保護され、男性側は社会的に抹殺される
• 警察が形式的な警告を出すだけで終わるケースも多い
このような一方的な対応が、逆に怒りを爆発させ、事件を引き起こしていることを直視すべきだ。
劉邦の「約法三章」:少ない法律が社会を安定させた
漢の高祖・劉邦は、法が多すぎた秦の反省から、政権を握った直後に「約法三章」を掲げた。
- 人を殺すな
- 人を傷つけるな
- 人の物を盗むな
それ以外は寛容に扱うと宣言し、結果として民衆の信頼を得て社会は安定した。
これは、「法律が多ければ社会は安全になる」という幻想を打ち破る歴史的実例だ。
真の解決策:「導く社会」へ
以下のような視点こそ、現代社会に求められている:
• 「被害者=正義」のフィルターを外し、全体像から事実を判断する
• 第三者の強制介入よりも、当事者間の対話と和解を支援する
• 警察は威圧的でなく、中立な“聴き手”であるべき
• 制度は“封じ込め”でなく、“流れを作る”ことを目指す
大禹が示したように、「流れを作る」ことが暴発を防ぐ唯一の知恵だ。人の怒りや矛盾を強引に押さえつけるのではなく、自然に流し、解消する道を作らなければならない。
《孟子·告子上》:
生,亦我所欲也;義,亦我所欲也。
二者不可得兼,捨生而取義者也。
生亦我所欲,所欲有甚於生者,故不為苟得也;
死亦我所惡,所惡有甚於死者,故患有所不辟也。
この言葉は、私たちに「ただ生きることだけが目的ではなく、義(正義・道理)を追求する心こそ人間の本質である」ということを教えている。現代社会の問題もまた、この視点から考えるべきである。
結論:暴力の根源を見つめ直すとき
殺人を防ぐには、加害者を監視するだけでなく、「なぜそこまで追い詰められたのか」という構造的問題を見つめ直す必要がある。
もしその原因が「被害者側の言動」にあったとしても、社会はそこに冷静な目を向け、真実と向き合わねばならない。
大禹のように「塞き止めずに導く」知恵を、劉邦のように「法律を減らす」勇気を、現代にこそ必要としている。
为什么人会被逼到杀人的地步?
—— 从大禹与刘邦的智慧看现代社会真正的犯罪预防
现代社会一旦发生杀人事件,媒体和舆论往往马上形成“加害者=恶”“被害者=善”的简单二元对立。但事件为何仍然层出不穷?
这是因为我们只关注“洪水水位”,却忽略了“堤坝结构”和“水流方向”这类根本问题。人类的愤怒与不满情绪从何而来,为什么会爆发——我们没有去观察那个“流动”的过程。
面对这种状况,我们应当向古代中国智者大禹的治水思想学习。
“堵塞”只会让洪水更严重——大禹的智慧
大禹的前任鯀采用堤防堵截洪水的方法,虽然短暂有效,却使水无处发泄,导致堤防决堤,造成更大灾害。
而大禹主张“不阻水而导水”,修整河道,让水顺畅流动,洪水得以平息,社会获得长期稳定。
现代社会亦是如此。人们的愤怒、绝望和压力如果被简单压制,终将爆发,导致难以挽回的悲剧。
仅责备加害者无法根本防止再犯
确实,有些杀人事件突发且难以理解。但多数加害者长期承受心理压迫和社会孤立,多次求助未果后,绝望选择了“只能杀人”。
忽视这一背景,仅把“杀人者即恶”“死者即善”视为真理,无法从根本解决问题。
“被害者无辜纯洁”的幻想蒙蔽社会眼睛
报道常将被害者描绘为“阳光善良”“人人喜爱”,但人际关系远非如此单纯。
部分被害者曾长期侮辱、控制加害者。虽然这不为杀人开脱,但必须理性分析为何加害者会被逼至绝路。
跟踪骚扰防治法的陷阱——警方介入可能引爆矛盾
日本设有“跟踪骚扰防治法”和“家暴支援制度”保护受害者,但女性一句“害怕”即可让男性被认定为加害者。
我曾接待一位女性,前男友将她隐私照片泄露网络。朋友劝她报警,我建议:
“报警会使他社会地位崩塌,可能激起报复。先冷静沟通,和平解决更妥当。”
最终问题得以和平解决,我深感这是真正防止杀人悲剧的关键。
法律滥用滋生新加害者
现行制度强调“即报警”“即制裁”,但
• 加害者视角被忽略
• 即便虚假报警,女性受到保护,男性遭社会抹杀
• 警方多发形式警告,难以有效介入
这种单方面对待激化怒火,成为事件温床。
刘邦的“约法三章”:简单法令稳社会
汉高祖刘邦反思秦朝繁复法令,执政初期提出“约法三章”:
- 不杀人
- 不伤人
- 不偷盗
其他法律宽容对待,赢得民心,实现社会稳定。
这一历史案例破除“法律越多,社会越安全”的迷思。
真正的解决之道:“引导型社会”
现代社会应:
• 摒弃“被害者即正义”的偏见,以全局事实判断
• 支持当事人对话和解,减少第三方强制干预
• 警方应成为中立倾听者,而非施压者
• 制度目标应是“创造流动”,而非“封堵压制”
如大禹所示,“创造流动”是防止爆炸的唯一智慧。不能强行压制愤怒和矛盾,而应自然引导化解。
《孟子·告子上》:
生,亦我所欲也;义,亦我所欲也。
二者不可得兼,舍生而取义者也。
生亦我所欲,所欲有甚于生者,故不为苟得也;
死亦我所恶,所恶有甚于死者,故患有所不辟也。
这段话告诉我们,人不仅仅渴望生命,更追求比生命更重要的“义”(正义与道德)。即使面对生死考验,也有坚持正义的勇气。现代社会的问题,也应从这个角度深思。
结论:重新审视暴力根源
防止杀人,不能只监控加害者,更要探究“为何被逼至绝境”的结构性原因。
即便原因涉及“被害者的言行”,社会也必须理性看待,正视真相。
我们当学习大禹“引导而非堵塞”的智慧,借鉴刘邦“简法治国”的勇气,现代社会迫切需要这样的智慧和勇气。










